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8月 19

朝倉 屯田の森


大刀洗平和祈念館に行った際に館内のビデオ上映を見て、大刀洗空襲で多くの児童が亡くなったというのを知り、その場所へ行ってきました。場所がわからずに、これまで2・3回うろついたのですが、やっとたどり着きました。現在のキリンビール工場のあたりが太刀洗飛行場だったそうです。大刀洗空襲で立石国民学校の児童たちは屯田の森に避難したそうですが、爆弾が落ち31名もの犠牲者がでたそうです。1発の爆弾で、これだけの児童が犠牲になったのは沖縄を除くとここだけだそうです。屯田の森平和花園画像 
屯田の森画像

私達につづく戦争を知らない世代に太平洋戦争末期昭和二十年三月二十七日国東半島から侵入した米軍のB29爆撃機の大軍は大刀洗飛行場を爆撃しました。その時落とされた爆弾の一発がこの屯田の森で立石小学校の児童三十一名を殺したのです。このことを知る人がだんだん少なくなっています。この時以来児童達の親や兄弟・祖父母は何を思い何を考えどんな毎日を過ごしてきたのでしょうか。私たちは、この事実を風化させることなく戦争を知らない次の世代の子供達に残さなければならないと思います。二度とこの様な悲惨な戦争は繰り返してはならないのです。